地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。

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2011年12月11日

■今、生きること
今、生活できていること
3.25 016
今年は、本当になんだったのだろうと思う。被災地の誰もが、3月11日を
昨日のように忘れていないし、その間はまるで夢の中で生きていたようだった。
昨日に続く今日でなく明日に続く今日でもなく、今日を今日、生きていた
ようだった。だから、この9ヶ月のことは記憶が断片化している。
それにしても、今、生活できていることに、大きな感謝を感じながら
驚いてもいる・・。

今、いわきで起こっていること を大まかにまとめると
原発の避難地域に隣接するいわき市は、放射線量は幸運にも低い。
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仮設住宅があちこちに建っている。おそらく数千戸(約2万人)だろうし
民間アパートの行政借り上げによりそれ以外の民間アパートもほとんど
空きが無い状態だそうだ。居住人口が明らかに増えている・・。
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それ以外にこのような仮設があちこちに建っている。住宅ではなく、
原発現場への復旧作業者のための宿舎である。作業者も増えている・・。

夜の町は繁盛し、日用品を中心にした店舗は売上増だそうだ。
パチンコ店は勿論、朝から駐車場がいっぱいになっている。
一時的に遠方に避難した人たちも、いよいよ長い仮設生活に備えて、
縁故があり距離も被災地に近いいわきに逆流し始めている。
そして、ロングランの復旧のための本格的な準備なのだろう・・
東電関連企業がいわきの不動産を(社宅建設のために)買っている
という実態もある・・。

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解体を申請すると、行政補助がありほぼ無料でやってもらえるので、
町のあちこちで解体現場がもの凄い勢いで増えている。統計では数千件
ストックがあるという。罹災証明を取得するための申請もまた、数千件
たまっているそうだ。こちらは、罹災が「半壊」以上にしてもらいたい
ための再申請が多い とのこと。

今でも、夢中で毎日を過ごしている。111114_1641~01

ミュウ 001
11月23日には、半年がかりで、調査~計画~テナント再入居・工事
~建物改修を終えて、いわき市観光物産センター(いわきららミュウ)の
仕事を終えた。

多少の赤面を覚悟でいえば、いわきのためにやらねばならない・・と
いう気持ちに支えられていたのも、確かにある。
今も、次々と起こってくるさまざまな復旧事業に取り組んでいる。
その中には、この間に催された「道の駅」エスキスコンペで選定された
物件も含まれていれば生活弱者や障害者の施設もある。
まだまだ休みにはならない・・。

大きな驚異を目のあたりにして、恐れおののき、悲嘆と悲劇を経験し、
誰も責めることもできず、また新たな道標を誰も示せず、新たに
生まれた未来の不安と同居しながら、今しばらく夢中のなかにいるしか
なさそうだ。

3月11日のこと が過去の確かな現実となって、それこそ
我々にとって本当の教訓となり、学ぶべき事実となるまでは、この
後始末は我々世代が担うべきものだろう・・という感覚が芽生えて
きている。

夢と現実、虚構と事実、解体と復旧、そして仮設と本設、避難流入者と
避難流出者、これらが同居し混沌とした現場で活きるためには
眠っていた自我を呼び覚まし、寂々・惺々(せきせき・せいせい)と、
今を生活しなければならないと思う還暦の年末になった・・・。



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2011年08月07日

■小康状態
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無気味な小康状態に、今、入っていると思われる。
何故かというと、昨日、北海道の友人から久しぶりに心配の電話がきたの
だが、・・ここのところ特にブログに書くことも特になかったから・・と、
小康状態に入っているような返事をしたのだが、よく考えてみると、思考
を停止した(又は安らぎのある)安穏な状態にいたのではなくて、目を開
いたまま電気を消した暗闇で眠るのでもなく、考えるのでもないような状
態・・にいたからだ。
それが、うまくいえないけれども無気味・・といまは、言っておこうと思う。

また最近、毎日、頻発する震度1から4クラスの余震が、いわきの陸と海
を中心におきていること・・。
震災直後に確実にあった直感による自己防衛本能みたいなものが薄まり、
上の写真が会場である罹災者支援の手続きなどに意識が方向づけられてい
たかもしれないこと・・。
放射能の影響に関する様々な多くの評論、見識、発言、を見聞しているう
ちに、信じられる情報の無いことに気付いた結果、それに対して寡黙にな
ったこと・・。
汚染に過敏に反応しているフクシマでは信じられないような原子力再稼動
の発言や、神経を逆なでするようなオリンピック誘致の手前勝手なおせっ
かいな話し(少なくとも私にとってはそうである)など、彼岸とこちらで
はこれほどの距離があるのかとあきれるのではなくあきらめに近い心持ち
の状態・・。
正確な統計はないが、恐らく数万人の避難地域からの被災者のいわきへの
流入者のことと、時折耳にする婦女子をいわき外に引越しさせた自営者た
ちの話など・・。
いわきのあちこちに益々増えている技術者の長期滞在のための宿舎等、
原子力災害復旧の大手企業のバックアップ基地になりつつあるいわきの
現状・・。

一見、生活は従前に戻りつつあり、多少の予定以外の変動があっても業務
が戻りつつあることなどはあるが、本当のところは動物が、何か起こるこ
とに備えて、覚醒したまま動かないでいるような心持・・というのが、
本当のところかもしれない。

いわきが放射能汚染からの避難区域に隣接していることは、5年後には、
いや10年後には、100年後にはどういう意味を持つのだろうか・・
などということを暗闇のなかで覚醒したまま考えていると・・一つの結
論に導かれる。
(こういう状況では必ずリスクの高い考え方になるけれども・・)あえ
ていえば、原発立地三町村は、数十年は入れないだろう・・そしてそれ
に隣接するいわきはおそらく、子孫にこの土地は残せないだろう・・と
考えはじめる。

悲観的だという人もいるかもしれないけれども、それは違う。悲観でい
っているのではない。悲観とは、例えばここに住み続けることの健康の
リスクを考えた場合などに将来を案じていえることであって、私の覚醒
はどちらかというと覚悟と贖罪に近いものである・・そして、今の彼岸
の(一部の思慮や哲学的認識の欠けた)人々のいわき(又は東北)に対
する現状認識を見たときに感じる
   「アキラメ(明らかにもの見る)」である・・。

アキラカに何かが失われつつあって、何かが変化しているのだが、暫く
はそれを突き詰めて、半年たた暑中お知らせにしてみよう・・と思う。
(北海道、長崎、徳島、東京、栃木、山梨、長野の隣人へ・・。)

2011年05月19日

■いわきから・・
本物の行為
いよいよ、過去に30km圏域に指定された「久ノ浜」地区の被害調査の
依頼があり、地震以来、初めて入った。
ここの住民は二日間、避難所から自分の町が燃えるのを見ていたそうだ・・。
調査に入っただけだが、他地区にはない緊張感を感じる。
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かつて、砂利の海岸で美しかった浜は、沈下により無くなっていた。
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さて、いわきは未だ遺体捜索は続いているけれでも、かたや「がれき撤去」が
あちこちで始まり、ご覧のとおり、相当片付きはじめている。
先はまだまだ見えないけれども、次のステップのための準備・・というところ
だろうか。しかし、誤解してはいけない、これは復旧でも復興でもない、
人は何かあった時に、身の廻りをとりあえず片付ける・・というようなものに
私には見える。
それにしても新緑が眩しい・・いや、やっとそのことに気付いた。
先日、気づかっていわきまで来てくださった親族の言葉もそうだったが、
ここ暫くで初めて、固く閉じていた緊張の蓋が開き、染み入るように
感じる。
今回の惨事で目だってマスコミが取り上げる、他人(ひと)への
思いやり・・ということを、改めて感じた。
避難先での親族のいたわりと無償の優しさをも、今、改めて感じ入る・・。
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考えてみれば、桜など感じることも、見る気持ちにもなれなかった、
この間だった。
そして、やっと新緑や他人(ひと)の想いによって、
自分を取り戻しつつあるように、思う・・。
人の業などに関係なく確実にめぐってくる自然の風景と、やはり人に
とって生きるために必要な「忘却」の力によって、私たちは
支えられている・・。
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毎日、毎日、被災調査や事故処理で疲れていたとき、私の精神は
何をしてバランスしていたのだろうか・・と、考えたとき、一つだけ
楽しみにやっていたことがあった。
毎朝、朝刊の「名人戦」を読んでいた・・。羽生名人と森内九段の
壮絶な戦いが、今、行われている。それが楽しかった。
「本物=真実」の凄さを感じることで、今日また目にしたり感じたりする
だろうということを、薄めていたのかもしれない。
一瞬、本物に出会ったときの読書のように、新聞の棋譜に没頭する
ことができた・・その時間は癒しだったのかもしれない・・と、思う。

地震や津波や、そして原子力事故やその恐怖というのも、ある意味では
負の真実であるならば、毎朝のこの小さな棋譜とコラムは、私にとって
正の真実だったのだろう・・。
「今、何をしてあげれるか・・」「今、何かをしなければならない・・」
という他人(ひと)の感情を、被災地にいるものとして、ありがたいと思う・・。
そしてまた、妙な心の脈絡だけれども、羽生名人と森内九段の修羅のような
戦いの有り様を観戦できることも、あらためてありがたいと思う・・。
このような癒され方をしていることも、またある・・。

被災地の子供たちが、野球やサッカーのゲームを見て、元気になるのと
同じことかもしれない。

そういえば、子供達からたまたまだけれども、数種の山のコミックを
癒しにと贈られた・・。多分、山のスポーツなどの行為自体が本物であり
そのパワーが、何か生きることを伝える・・と、感じたからだろう。

そのよう他人(ひと)の想いや、あらゆる「本物の行為」が、この世には
たくさんあって、
生かされていることに感謝したい・・。

2011年04月24日

■いわきから・・
防犯までもとは・・
4.23 078

住宅の被害調査で廻っていると、このような空家が当然たくさんある。
そこで耳にすることは、
空家だけでなく避難所にいる人の家の殆どが盗難にあっているそうである。
地震・津波震災の直後から、一見してわかる地域外車・者が頻繁に
見かけられたそうである。
ガソリンが無く自宅に置きっぱなしの車には、明らかに自分のものでない
毛布があり、誰かが寝ていた形跡があるそうである。
誰も上っていない階段に足跡が残っているそうである。
仏壇に供えてあった菓子類が無くなっていたそうである。
津波かどうか、貴金属類だけがどうしても見つからないそうである。
店舗では自販機やゲーム機のキャッシュ部分が壊されている。

情けない話しだが、事実だけを言っておかなければならない・・。
被災の裏側の現実として・・。
被災者は今後の人生の不安と傷心の中にいるのに、この醜い現実の
防犯までも気に止めなければならないとは・・。
多くのボランティアや「情」の精神も人なら、こちらも人の
所業だ・・。愚か者だ・・。

共存とは・・

海上での様々な作業のための台船が陸に乗り上げている。
漁船と同様、海と陸の接点という厳しい環境で働く道具だ・・。
4.19 011

市場・・これもまた、海と陸の接点になければならない虚飾
など必要のない生命力に溢れた建物だ・・。
4.19 009

復興会議で、海との共存が検討されている。
生活を高台に集団移住させ、そこは緑やクリーンエネルギー
の町なんだそうだ。
海と陸の接点には、職業や産業だけがあるんだそうだ。

何か、違和感を感じる・・。
阪神淡路の震災復興の焼き直しは東北には通用しない・・と
私は思う。少し、思慮が浅すぎやしないかと思う。
建築や政治や経済の論理だけでは通用しない・・何か・・。

今回、東北人は「我慢強い」と評された。「我慢強い」とは
「諦めている(明らかにものを見る)」ということだろう。
「ふるさと」という言葉で表現された土着愛は
たとえば、飯館村や南相馬市の年配者たちがいう

「牛が可愛そうだから一緒にいたい・・」
「あそこの水を飲み、野菜を食べたい・・」   という

言葉少ない表現に全て表れていないだろうか、感じないだろうか。

諦めている・・覚悟しているんだよ・・命のもとはこの土に
あるんだよ・・という、悲痛の叫び・・とは言いすぎだろうか。

集団移住生活と職住分離は、よくよく考えると
東京に通うベッドタウンとどこが違うんだろうか・・。
そして結局、リスク分散できずにあの帰宅難民だったのじゃ・・。

よくよく考えてもらいたい。この津波被害の東北地帯は経済は
一次産業は小さく、収入は現実には工場やサラリーに頼っている
けれども、人の心根は、
大きい海と大きい山の狭間の小さい陸地で、ぎりぎりの接点で
自然と折り合いをつけて生きてきた人たちだということを・・。
そこが、阪神や東京とは違う・・。

物理性と科学を経営的利便性からだけ利用すると、今、問題を
起こしている「絶対大丈夫なはずだった・・」にならないだろうか・・。

そしてもう一言、今回の原発の避難対象区域の人々は、
「早く収束してください・・」と、皆、いうのは、
そうすれば、私は自分のふるさとで今までどおり海と山と
そして風評と共存しても生きて行きます・・という、「覚悟(我慢)」
があるというふうに、私には聞こえる・・。

2011年04月17日

■いわきから・・
取り壊しのこと・・

毎日、毎日、建物調査と相談で、本当に駆け回っている。
応急危険度判定ではなく、その先へ進まなければならない人達の日常回復
の手伝いだ。
そして現実的には、建物を壊すか、残すか、という選択が迫ってくる。
特に、私は津波被災住宅を廻っているので、単なる地震被害以上の
感情の部分と遭遇することになる。

先ず、津波と地震が同時に起こった・・・。

津波で防波堤ごと町が壊滅した岩間町・・若い頃、ここに黒鯛釣りに来た・・
岩間

津波は橋と小学校への道路をえぐりとった・・永崎小学校への進入路、子供達とこの海岸へよく来たものだ・・
永崎

地震は地面を裂き・・
地割れ

人間が作ったものなど、根こそぎ打ち倒し・・
外灯

沈下して浮き上げ・・
段差

地面をうならせた・・
隆起


さて首題であるが、私の親族の住宅を調査した。
一部が鉄骨であったせいか、殆ど傾斜しておらず、2階は使えて1階の改修で
済みそうだった。
主人は、ふるさとをいとおしみ、解体することを迷っておられた。
何故なら、12日までに決断すれば、行政が解体をしてくれるのである。
自分が築き上げたものを壊したくない・・地域が、ふるさとが好きだ・・
当たり前の感情だ、同じく壮年の私には痛いほど解かる心情だ・・。
3.26 しんたけ
関東に住む娘さんが片付けに戻ってこられて、ここにまた住むことはさせたくない、いや、決して
させない・・という強い気持ちを持っておられた。
主人は、娘さんの決心に迷っておられた・・。

ここに住むことを選んだとしても、実際の復旧にはどれくらいの月日がかかることか・・
あの生々しい津波の酷さと、この風景の惨状を前に、自分の執着するものは何かと・・

ご主人は、解体を決心された・・。

私は、こういう場合に何も言えるものではないが、これまでの経験から
一つだけ娘さんにお話しした。
「お父さんが、急に心の支えを失って、弱ってしまわないように、
注意してあげてください・・」と。
人は長く生きると、住宅はただの建物ではなくてそこに人生の大事なものを
持ってしまっている・・。

しかし、今、思うと、お二人の迷いと決心はそれぞれに正しいことに違いは
ないことだが、もう一つ、恐らく気付いていても言葉には出さなかったであろう
要因があったのだろう・・と、思う。
それは恐らく、自然への畏怖とか人間の地域への愛着とか、全て打ち消してしまう
日常のあらゆる言葉や経験を超えた計り知れない手の付けようがない「恐怖」が、
主人が逡巡したこのふるさとの北方40kmのところに、未だ、うごめいている・・
ということではなかったか・・・。

そう、復興どころか、復旧でもない・・未だ 過程である・・
ただただ今の必要に忙しくして、見てみぬふりをしたいのか・・忘れたいのか・・。

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プロフィール

Author:管理人
㈲ノア・アーキテクツ
代表取締役:福富大祐
住所:福島県いわき市鹿島町久保字馬場16-9
TEL:0246-58-8201 
FAX:0246-58-8204

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