地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。
設計の日常

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2009年03月01日

■何か疲れた、この二週間のこと・・
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小名浜岡小名にダウド夫妻の経営する英語塾が竣工間近。
最後の打合せ、工程会議を行う。
外装の色彩に留意したが、コンパクトできりっとした印象に仕上がったか。
2009.コンサート 040
新たにスペインバルの仕事にかかるために一日がかりで東京の店舗を
視察。
数店舗視察して今、話題になっている「MUJI」のレストラン(新業態)も
見たが、これはそれとは別の本格的なバルの店舗。
「MUJI」は誤りだと私見を持つ・・音や臭いや、湯気や喧騒も味なのだ・・。
レストランで機内食を食べるのではないのだ・・。
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東京で渋谷の岡本太郎を見る。
この絵が飾れる大壁面があって本当によかったし、雑踏にある岡本太郎は
本領発揮かもしれない・・。
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翌日は、今建築中の眼科をチェック。
下のボードはマテリアルボードといって、内装仕上げ材の現物を貼って一覧
にしカラーコンセプトや色調、イメージバランスをチェックするもの。
施主には勿論だが、施工者にもこちらの意図が伝わる優れもの。
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目の治療に使用される空間にはそれなりの配慮がいるが、全体にベーシック
に優しくまとめてある。
この医院は「いいづか眼科クリニック」、錦町中岡に近々開院する。
最近、そういえば、木造建築が続く・・。
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続いて、勿来カトリック幼稚園が改築、施工者が決定したので工程会議を開く。
幼稚園の行事と園児の安全性に細心の配慮をはらう。
このミサに使われていた建物が解体される。
いつものことだが、役目が終わる建物に対する敬意を忘れてはならない。
新しい幼稚園も、もちろん木造だ。

これらのスケジュールの合間に、協会の総会があり、学生の設計コンペの
審査と表彰があり、講習会があり、ペットボトルツリーの最後のイベントの
コンサートがあり・・
そして何より、私の五十数歳の誕生日があり・・何か、疲れが・・。

けれども、疲れの本質はそんなことではない・・これらは汗をかいた労働の
心地よい疲労にしかすぎない。
精神の疲労は、これらの日常に追われる設計を取り巻く環境からきている・・
具体的にいえば、設計やデザインを資格商売に落とし込もうとしている今の
流れにある・・。
いよいよ始まる、資格のなかの資格の一級構造建築士や設備士(何の
ための構造計算適合性判定だったのか)、火災保険でも災害保険でもない
住宅瑕疵担保履行法(つまり倒産保険か)・・。

いよいよ黒雲は頭上に濃く、低く、垂れ込め始めている・・のに、
私たちは雨除けも灯りも準備できていない・・行き先のわからない電車に
乗っている・・というわけだ。
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2008年07月21日

■飛べ、バッタ(イナゴ) !
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私の小さな庭でイナゴを見た。私はこのようなバッタ類が好きだ。会社の年賀状に登場してもらったこともある。背筋をしっかり伸ばして、触覚をピッと立て、四方八方に目を配って・・バッタの周囲30cm範囲くらいがバッタの意思で静止しているのを感じる。生きる・・ということの見事な1シーンを見せてくれている。
実はこのイナゴ君とは今年2回目の出会いだ・・。(多分、前回と同じイナゴ君だ・・。)

後ろの葉はクレマチスの葉なのだが、今年初めて植えてみたらすくすくと伸びた。私は、工業文明の先兵みたいな仕事をしているからだろうが、できるだけ自然物だけで庭をつくっている。
竹も去年川原からとってきた笹竹で結んである紐はリユースされた紙紐だ。
少しばかりのナスやきゅうりもつくっているが同様で、花も野菜もいっさい農薬を撒いていない。
そのせいだろうが、若葉は激しい虫食い状態なのだが、特にこのクレマチスは高さが人の背丈もあるのに食べられている・・不思議だなと思っていたら、先週、同じ場所でイナゴ君を見つけたのである。

勿論、その時、殺虫などは思いもせずに捕まえて少し離れたところまで運んで離した。もうくることはないと思っていたら今朝、同じ場所にいた・・。・・もう、ここから追い出すなどという失礼なことはしない・・。

このクレマチスや笹竹の空間は、明らかにこのイナゴを生かす空間になっているのだ・・。たまたま私の未熟な仕掛けが、彼らに評価されたのだ。しかも、毛虫やダンゴ虫はごろごろいるが、イナゴであるところがかすかな驚きで自慢でもある。
・・私たちが設計する空間というものも、快適、利便、美的、等々 恣意的一元的な価値は種々あるだろうが、本質的にはそれが、生命を育むための空間づくりであるか・・人間と外界とのマナーが守られれたものか・・ということは、他の職業と比べて建築という仕事にとってより重要な見識なのだろう。近代文明などないかつての建築にはそれがあった・・。
この夏は水割り片手に庭にでて、ボロボロのクレマチスの葉っぱとイナゴを見ながら、そんなことを考えてみる・・。

2008年06月28日

■アンネのバラ・・
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 アンネのバラ 
小さき群教会0002
聖イエス会 小さき群教会

このブログに来られる方は、「アンネのバラ」というのがあるのをご存知だろうか。
上の教会は、当社が4~5年ほど前に設計監理したプロテスタント系の教会で、6月20日から23日まで「アンネ・フランク展」が開催され一般公開していた。新聞の小さな記事で気がついて、ご挨拶がてら見学してきた。

600万人の犠牲・・ホロ・コースト・・アンネの屋根裏部屋で書かれた日記・・「ダビデの星」が象徴するユダヤの歴史・・脱出を助ける人々・・ナチの前で理性を失わなかった人々・・そしてアウシュビッツの悲劇・・
自分の内面と向き合わなくてはならない展示だった。そして日々の業務の喧騒に溺れている右脳が、久しぶりに浄化された。先のブログに書いた古関裕而記念館を見た時と同じサディッションだ・・。
奥様は、「若い人たちに見て欲しいのですが思ったよりも若い人が少ないのです・・」とおっしゃていた。決して風化させてはならない歴史がある。

・・かつて夏のとりわけ暑い日に、この教会の牧師さんと京都の本部や丹波の教会に図面をかかえて行ったことが思い出される、そして、そこに「アンネのバラ」があった・・。
そのバラが今、この小さき群教会に咲いている。(この教会はいわき市泉町にあります。見学される方はマナーを守ってどうぞ。)

息苦しいほどに純粋でどのような状況でも明日への希望を失わないアンネの文章からの「願い」・・このようなメッセージを発信する人たちがいること・・そして少しの部分だが建築という職業のためその質の建物と人々に関われた自分・・そう「赤と黒」の両者にまたがる仕事なのかもしれない・・建築は世俗の仕事だ、特に何かの哲学を持たない近代建築は俗にまみれてしまう。その述懐を常に抱きつつこの仕事に挑まねばなるまい・・眠っている土を掘り返し、木を切り、岩を砕き、生活環境を機械的にコントロールし、大量のCO2を排出し・・。それが許される理由は、唯一、自然の産物を犠牲にした建築が人のために何かを生み出すことができ、犠牲にした自然の分に見合う豊かさや優しさを社会や環境に還元できる場合だけだろう・・。

霞ヶ関ビルを初め数々の超高層ビルを設計し、ある吹雪の日に突然、自然と近代建築の関係にショックを受けて雪の中に立ち尽くし、その後設計思想を180度転換して地域再生と環境共生に向かった池田武邦氏(ハウステンボス会長)の生き方が脳裏を走る・・。

2008年06月01日

■教養のススメ
誰のためでもない記事なので、少し忙しいとさぼってしまった。高専の講師が始まったせいもある。
暫くその資料つくりに追われていた。しかし、本音は違う。精神性の無い業界団体に堕した感のある建築について、いろいろ書くのが疲れたからだろう・・と思う。
しかし、ニーチェ曰く、「人間には忘却という力がある」・・。少しその煩わしさから開放されてきたころ、気休めに・・と思って、過日、芸大でやっている「バウハウス展」を見てきた。
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ワルター・グロピウス、近代の始まり、ミースがナチから守った建築の精神。
全てのデザインの分野において、教える側も学ぶ側も時代に立ち向かった精神の高さ・・。
あまりにも乖離している今の設計の現状を考えると憂鬱になって、博物館でやっている薬師寺の日光菩薩・月光菩薩を見ようと外へでた。もうすでに午後4時をまわっている。

急ぎ博物館に入ったら、ふと、以前から見逃していた谷口吉生氏設計の「東京国立博物館法隆寺宝物館」を見ようと気持ちが変わった。わざわざ奈良から来ている二人のLADYには申し訳ないと思ったのだが・・。
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瀟洒で美しい・・。瀟洒といった、正確ではない、理知である、知性である。大人の教養と建築への作家のいとおしさまでを感じさせてくれる。静かに聞こえる哲学がある、饒舌ではない品のよい教養がある。今、私たちが見失おうとしているもの・・。

今、設計事務所は市場原理優先が声高い。有名雑誌まで設計事務所の「格差」論をつい先日記事にしたばかりだ。強者が弱者を牽引するという以前の指導者の強引な論理によってこの「格差」が生まれたわけだが、我々もミーハーのようにそれを支持したことになる。結果、まさしく強者と弱者が、格差が設計の世界にも生まれつつある。仕方がないことだが、所長といわれる人たちはマネジメント論に夢中だ。
これでは、若い人は育たない。経済という現実論で建築世界を覆っては建築はただの商業主義デザインだけが残ってしまうことになる。消費だけを目的にする一部のハウスメーカーと大差ない。
建築を目指す若い人達は、黙って口から泡を飛ばして議論する我々大人たちを冷静に見ているがよい と思う。苦しいから騒々しいのだから、騒ぐのだから。そして、その中から自身の教養と哲学を身に付けて欲しい・・。

混乱の時代にふんどし一丁(福翁自伝に書いてあったと思う)で「学問のススメ」を福沢諭吉は書いた。病の中から正岡子規は後世のための珠玉の作品を残した。
苦しむ病人は、生きようとして必ず免疫を醸成し始めている・・そこにこの苦しみから脱却する次の時代の建築の教養と哲学の元素が見つかると期待している・・。
バウハウスも苦しんだ末、コルとミースとライトという私達の先達(ペーター・ベーレンス著:近代建築の巨匠 に詳しい)を、そしてその流れでルイス・カーン(ルイ・カーンともいう)の哲学を生んだように・・。

2008年03月02日

■介護老人保健施設「ガーデニア」
くれは荘2008.2.08
介護老人保健施設「ガーデニア」 (呉羽総合病院付属)

以前から少しずつ現場の話しなどを書いていた老人保健施設が竣工した。
呉羽病院付属、ショートステイやデイケアなどの機能を含めて100床の大規模施設。現在、3月末の入所開始に向けて入所者公募中。申込みは過半数を超え始めている。
昨年1月に開設した特別養護老人ホーム「パライソごしき」、今回のガーデニアと大規模福祉施設が続いたが、今年も単独型ショートステイ着工の予定がある。
小規模なものを含めて、このような老人福祉施設の設計が途切れなく続いている・・。国が示す在宅介護の方向性は空しく響くばかりである。私はある施設の入所者判定委員会の委員もしているが、そこで感じる入所希望者たちの生活実情には、在宅介護などという甘い考え方からかけ離れた厳しい現実がある・・。被介護者と介護する家族の生活の問題、核家族化が進行したうえでの家族形態のあり方、このあたりの現実を直視した議論がないと、この問題は解決しないように思うのだが・・。

話題を戻して、この施設では、従来の個室に加えて準個室空間という仕掛けをした。いわば大部屋と個室の中間領域のようなベッド空間である。そして従来の塩ビの床を全てカーペットタイルにした。つまり、介護生活というより「生活の居心地」を重視したコンセプトを展開した。(現在、施設内覧をしていますので興味のある方はご覧ください。)

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