地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。
2007年08月

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2007年08月27日

■本物の言葉
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私たち建築に携わるものは、資格や制度というものに捉われているといいながら、実は他の仕事からみると相当それらに守られて生きている。
少し油断をすると、いつでも、それだけしかない「資格商売」に堕してしまうということでもある。だから、表現ができないのならばミーハーでもしょうがないが、本物に出会ったとき解かるような鍛錬だけはしておかなけらばならない。
ある人の、表現というものに迫った本物の言葉を記憶しておきたいと思う。その画伯は、稲川敏之先生といいます。

他の人の言葉

「稲川さんの油彩に見る、暗く深く、画面の奥に入ってゆこうとするそれを培ったのは、敗戦直後の、いわきの風土だ。私がそれを知っている。」
・・・いわき市立美術館田口館長

「一度、泉ヶ丘の自宅で「群れる」ことが話題になった。すると稲川さんの顔がぱっと明るくなった。そしていった。「古い時代のキャッチフレーズですがね、”孤立を恐れず連帯を求めて”っていうことなんですよね。社会で生きている以上、一人では生きられません。偏屈ではだめなんです。でも、孤立を恐れると媚びなければならない。自分を持ちながら連帯するための窓は、いつでも開け放しておく。そういうことなんですね。」実にいい言葉だった。」
  ・・・日々の新聞

私が聞いた言葉

「絵を描くということは、キャンバスをえぐるようにえぐるように描くことなんです」
「絵をやっていこうと思ったら、食事の時も便所の時も電車に乗っている時も、寝ている時以外は絵のことだけを考えていなさい・・」

先生の文章

「単純な覚悟
絵は言葉で云える程簡単なものではないと大ていの絵描きはそう思っている。では言葉で絵を描くというより絵を語ったらどうだ。俺の言で云うと絵は描くものではない 平面のキャンバスに自分をすり込む作業なのだ 描くものではない 空間にねじり込むものだ。
人間を描くということは空間に人間を実在させ、それに叫ばせ、喜ばせ、泣かせ、悲しませて、身をよぢって人生を耐え抜く人達をあらしめることだ。
そして心の奥底から溢れる想いを画面一杯に吐き出すことなのだ。
それが出来たらもう死んでもよいと思わずに更にその奥にひそむ何かを掴みとる行動を開始することだ。
お前は、このことに生涯をかけることはすでに決まっていることなのだ 」

「ついに行く道とはかねて聞きしかど
       きのうきょうとは思わざりしを   在原業平   」

※稲川先生の作品は、いわき市立美術館にも収蔵されている。
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2007年08月22日

■日本というもの
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入道雲・・・夕焼け・・・

設計の仕事をしていると、ひどく日本的なものに惹かれることがある。
最近の若い世代が「和の文化」を見事にデザインし組み立て直していることとは別の意味である。
私たち世代が何かあれば酒を飲み車座が好きで、ひどく演歌調になるようなこととしてである・・。
多分、私たちの受けた建築教育が西洋合理主義に基づいているからかもしれない。「国家の品格」でもいうように、生まれつきもっている日本人の感性とか東洋の思想とかが、西洋合理主義だけでやっている是非論的・一面的で論理的な私の仕事に不足を訴えているのかもしれない。

・・不足ではなく時代の否定を感じているのかもしれない・・。

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朝顔・・・鮎・・・

2007年08月16日

■美
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8月15日、所要で東京へ行き、この夏どうしても見たかった東京芸大で開催している「金比羅宮書院の美」展を、午前中に時間を見つけて見て来た。円山応挙の虎、伊藤若冲の花、岸岱の松、・・これだけ圧倒的な天才達の前で、私の建築という職業柄やむを得ず持っている複眼は、何の役にも立たない・・。
下の写真の芸大の黒門や時間を吸い込んだ古い蔦壁くらいが、やっと彼ら天才達のショックから私の複眼のレンズを現実へと引き戻すのみである。
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応挙は虎を見たことがないという・・。
若冲の花の一つ一つから感じる自然へのいとおしさのようなものはなんだろう・・。

私たち建築をする者は表現する時、いったい経験の無いことへの想像とか自然環境に対する理解や洞察とか・・どの程度の能力(能力がないなら労力でもよいのだが)を駆使して汗がでるくらい考えているだろうか・・。
いずれ詳しく書くが、やはり建築は芸術の分野に入るものではない・・誤解を覚悟であえていえば、建築やデザインに用の美はあったとしても、見る者の情緒や人生観などの心の部分に到達することができたものは皆無だろう・・極々、極々一部の建築を除いては・・。

※四国金比羅宮の門外不出襖絵「金比羅宮書院の美」展は9月9日まで開催されています。

2007年08月13日

■建築 歴史 保存
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12日はまた山形で歴史建築景観のシンポジウムに参加してきた。写真は会場になった「文翔館」、山形歴史たてもの研究会の主催である。連日の山形行であったが、一日、あいだがあったので助かった。
この時一緒にシンポジウムに参加した、横浜の「よこはま洋館付き住宅を考える会」の活動は新鮮なものだった。興味のある方は是非、この会のHPをご覧になるとよい。

さて、このような会議で必ず聞かれる挨拶がある。それは建築関係者からであるが、・・・古い建物が残ると自身の仕事が少なくなるというジレンマがあるのですが・・・というハニカミの挨拶である。
本当にそうだろうか。
光が闇を必要とするように、都市の混雑は巨大な公園や緑地があるから成立するように、新しい建築は古い建物があるから存在の基盤を保つことができると私は考える。
総体では、古=新=まち ではなく 古+新=まち でしょう。

保存か改築か、という議論はその時のそのまちの民度と文化の力の問題である。改築でもよいのである、保存に優る計画であれば。そして、改築であってもその時の議論は新たな建物の栄養になり土壌になると私は
思っている。良い改築(変革)ができなければ、見つかるまで保存しておいて考えればよいのでしょう。
そして少子高齢社会はカタチばかりのものづくりばかりを、それほど急ぐ必要のない社会であるともいえる。(ここで先ほどの横浜の事例が参考になる。)
改築が景観の変革であれば、良い変革は良い土壌や文化なしには生まれない。京都や東京は、その土壌があるから幾たびかの戦火と焼土を超えて生まれ変わり又は変化しつづけても愛され続けるのであろう。
歴史上重要な変革は歴史あるまちでしか起こっていないのだ。
醸成されたまちの文化や力は、むしろ新陳代謝を必要とするのかもしれない。そこに誤った代謝を持ち込むことが間違っているのだ。

建築をすることは、古い建物を壊して新しい建物を造るだけのことではないのでしょう。その地域と土壌と文化に新たにプレゼンテーションをすることなのです。そのプレゼンが優れていれば、過去の歴史にオーバーレイすることが許される。過去の歴史や文化に対する思慮と分別の問題なのだ。

設計やデザインに教養が必要であると云われる所以である・・。

2007年08月11日

■ユニバーサルデザイン
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8月9日から10日まで、いわき市のユニバーサルデザイン指針を展開するためのパンフレットやマニュアルを作るための視察で、山形から仙台方面を廻ってきた。
写真はその事例で、名取のダイヤモンドシティと仙台空港のもの。ダイヤモンドシティの床はカーペットである。歩きやすい・・。本当に、誰がショッピングセンターの床はPタイルと決めたのだろう。
車椅子マークのうちタクシー乗り場は仙台空港で買い物補助のほうはダイヤモンドシティのものである。数ある事例のうち何故この2枚と床の写真を選んだかというと、特に「優しさ」「さりげなさ」をこの写真に感じたからである。
もはや車椅子マークは身体障がい者を特定して指すものではなく、高齢者を含めた困っている人を示すもの(そこには外国人も含まれる)となってきているのが感じられる。それくらいユニバーサルデザインも熟成されてきたということだろうと思う。
やはり、ユニバーサルデザインはバリアフリーとは違うのである。後から対処するのではなく、最初から気づかうのだ。
以前の「建築の色彩」のコラムでも書いたが、設計やデザインがこれほど社会に影響を与える仕事でありながら、こんなことが今更に理解されなければならないとは、よほど20世紀の建築やデザインはものづくりではなくもの売りだったのだろう。
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建築基準法の改正に右往左往しているところではない。建築やデザインの現場では、もっと重要な変革が始まっているのだ。
ユニバーサルデザインの第一人者である古瀬先生が云われるとおり、デザイナーや設計者は率直に過去の仕事を反省することから始めなければならない・・・。

2007年08月08日

■八日町団地 : 時間
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平成13年に福島県で初めて施行された公募型簡易プロポーザルで設計者に選定された県営住宅「八日町団地」がやっと竣工した。
引越しが迫っていたので、とりあえず担当の会津若松建設事務所に挨拶をしてカメラマンと撮影をした。この写真は曇りであるが、カメラマンは青空になるのを待って撮影しているので、後日綺麗な写真をHPに掲載します。
今朝、磐越道で向かいながら、昔、大雪の中を契約や打合せに行ったことなどが思い出された・・。
考えてみると、二期工事に分かれていたせいもあるが、建築とは時間のかかる仕事である。プロポーザルを取った時のことが昨日のことのように思いだされるが、その時から6年も経っている。そして設計自体の評価はまた、十年、二十年とかかって下されるのだ・・。
設計することそして建築することとは、時間と付き合うことなのかもしれない。時間に私たちの労力と能力を供出することなのかもしれない。「やりがい」とか「完成の喜び」とか、ものづくりの本質的なことは、対象は施工主でも社会環境でもなくて実は自分の中にある自分の時間との戦いであり醸成なのかもしれない・・・。
この建物を将来見た人が、充分な時間という歴史を吸収した豊かさを感じてくれれば、この建物は良い建物になるのかもしれない。そういう時間の概念がない建物(例えばハウスメーカー品)は、だから造りながらでももう、将来の評価は失われているのだ・・。

こんなことを考えながら走っていたら、不意にトンネルを抜けて磐梯山の大らかな姿が目に迫ってビックリした。何か、スカッとしました。

2007年08月07日

■建築の色彩
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今日は現在建築中である船戸団地4号棟の外壁テーマカラーとベース色を現場で確認してきた。3枚の写真は1号棟から3号棟までのカラーデザインである。基本設計時には10号までのテーマカラーを決めてあったのだが、最後はやはり現場景観の中で確認したくなる。今回の4号棟はテーマカラーが「まっちゃ色」なので、ここにそれが加わることになるのだが・・。
「色は難しい・・」とよく同業者が言う。難しいのではない、見つけられないのだろうと思う。画家が常にデッサンから離れないのはニュートラルで見る行為を汗が出るほど突き詰めているとカタチも色彩も見えてくるからでその努力なしにはおよそ造形というものはできるはずがない。つまり、色彩もカタチと同じく原石の中から彫り出すような作業なのでしょう。「難しい・・」という人はデッサンをするべきでしょう。色彩はカタチと同じくらい景観に多大な影響を及ぼすのですから、カタチができて色彩が難しいなどというのはあり得ない。
コルビュジェは色彩を「輝く」と表現しました。バラガンの色彩はメキシコの太陽の下でカタチを超えて存在感さえあります。
考えてみると、近代はモノを大量に造れば直ぐ消費されたビジュアルセンスが貧しい時代でしたから、色彩の感性を失っていたしそれでも用が足りたのかもしれません。その時代にオリンピック景気や万博景気で、カタチだけをとりあえず造れる建築士が大量に育成され、そのジェネレーションが今、建築界の中堅をしめているとすれば、何か薄寒い感じがしてきます。
それが証拠に、その人たちはグラフィックデザイナーやインダストリアルデザイナーという世界と、一生共同作業をしないで済んでいるではないですか・・。

2007年08月06日

■ブログを始めるにあたって・・
本来HPで充分なのですがブログを始めることにしました。理由は、最近の建築をとりまく社会環境がおかしいと感じたからです。毎日のように感じることがありますので毎日対処する必要を感じたからです。
 このブランド建築はマスコミが云うほど本当にいいのだろうか・・
 現在の建築界の議論は社会性を亡くしてはいないのだろうか・・
 コンパクトシティ論は何かを置き去りにしてはいないか・・
 グロバリゼーションは今の建築文化の何を失い何を得ることか・・
 そして  私が考える建築思想は間違っていないか・・

このブログはあくまでHPの延長におきたいと考えています。社会と個人の中間を埋める時間として・・、会議のあとの述懐、心配な仕事で眠れないときの一人酒、きつい仕事のあとの一服のように、フーッと深呼吸のようなため息をつきながら・・。
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