地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。
2011年04月

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2011年04月24日

■いわきから・・
防犯までもとは・・
4.23 078

住宅の被害調査で廻っていると、このような空家が当然たくさんある。
そこで耳にすることは、
空家だけでなく避難所にいる人の家の殆どが盗難にあっているそうである。
地震・津波震災の直後から、一見してわかる地域外車・者が頻繁に
見かけられたそうである。
ガソリンが無く自宅に置きっぱなしの車には、明らかに自分のものでない
毛布があり、誰かが寝ていた形跡があるそうである。
誰も上っていない階段に足跡が残っているそうである。
仏壇に供えてあった菓子類が無くなっていたそうである。
津波かどうか、貴金属類だけがどうしても見つからないそうである。
店舗では自販機やゲーム機のキャッシュ部分が壊されている。

情けない話しだが、事実だけを言っておかなければならない・・。
被災の裏側の現実として・・。
被災者は今後の人生の不安と傷心の中にいるのに、この醜い現実の
防犯までも気に止めなければならないとは・・。
多くのボランティアや「情」の精神も人なら、こちらも人の
所業だ・・。愚か者だ・・。

共存とは・・

海上での様々な作業のための台船が陸に乗り上げている。
漁船と同様、海と陸の接点という厳しい環境で働く道具だ・・。
4.19 011

市場・・これもまた、海と陸の接点になければならない虚飾
など必要のない生命力に溢れた建物だ・・。
4.19 009

復興会議で、海との共存が検討されている。
生活を高台に集団移住させ、そこは緑やクリーンエネルギー
の町なんだそうだ。
海と陸の接点には、職業や産業だけがあるんだそうだ。

何か、違和感を感じる・・。
阪神淡路の震災復興の焼き直しは東北には通用しない・・と
私は思う。少し、思慮が浅すぎやしないかと思う。
建築や政治や経済の論理だけでは通用しない・・何か・・。

今回、東北人は「我慢強い」と評された。「我慢強い」とは
「諦めている(明らかにものを見る)」ということだろう。
「ふるさと」という言葉で表現された土着愛は
たとえば、飯館村や南相馬市の年配者たちがいう

「牛が可愛そうだから一緒にいたい・・」
「あそこの水を飲み、野菜を食べたい・・」   という

言葉少ない表現に全て表れていないだろうか、感じないだろうか。

諦めている・・覚悟しているんだよ・・命のもとはこの土に
あるんだよ・・という、悲痛の叫び・・とは言いすぎだろうか。

集団移住生活と職住分離は、よくよく考えると
東京に通うベッドタウンとどこが違うんだろうか・・。
そして結局、リスク分散できずにあの帰宅難民だったのじゃ・・。

よくよく考えてもらいたい。この津波被害の東北地帯は経済は
一次産業は小さく、収入は現実には工場やサラリーに頼っている
けれども、人の心根は、
大きい海と大きい山の狭間の小さい陸地で、ぎりぎりの接点で
自然と折り合いをつけて生きてきた人たちだということを・・。
そこが、阪神や東京とは違う・・。

物理性と科学を経営的利便性からだけ利用すると、今、問題を
起こしている「絶対大丈夫なはずだった・・」にならないだろうか・・。

そしてもう一言、今回の原発の避難対象区域の人々は、
「早く収束してください・・」と、皆、いうのは、
そうすれば、私は自分のふるさとで今までどおり海と山と
そして風評と共存しても生きて行きます・・という、「覚悟(我慢)」
があるというふうに、私には聞こえる・・。
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2011年04月17日

■いわきから・・
取り壊しのこと・・

毎日、毎日、建物調査と相談で、本当に駆け回っている。
応急危険度判定ではなく、その先へ進まなければならない人達の日常回復
の手伝いだ。
そして現実的には、建物を壊すか、残すか、という選択が迫ってくる。
特に、私は津波被災住宅を廻っているので、単なる地震被害以上の
感情の部分と遭遇することになる。

先ず、津波と地震が同時に起こった・・・。

津波で防波堤ごと町が壊滅した岩間町・・若い頃、ここに黒鯛釣りに来た・・
岩間

津波は橋と小学校への道路をえぐりとった・・永崎小学校への進入路、子供達とこの海岸へよく来たものだ・・
永崎

地震は地面を裂き・・
地割れ

人間が作ったものなど、根こそぎ打ち倒し・・
外灯

沈下して浮き上げ・・
段差

地面をうならせた・・
隆起


さて首題であるが、私の親族の住宅を調査した。
一部が鉄骨であったせいか、殆ど傾斜しておらず、2階は使えて1階の改修で
済みそうだった。
主人は、ふるさとをいとおしみ、解体することを迷っておられた。
何故なら、12日までに決断すれば、行政が解体をしてくれるのである。
自分が築き上げたものを壊したくない・・地域が、ふるさとが好きだ・・
当たり前の感情だ、同じく壮年の私には痛いほど解かる心情だ・・。
3.26 しんたけ
関東に住む娘さんが片付けに戻ってこられて、ここにまた住むことはさせたくない、いや、決して
させない・・という強い気持ちを持っておられた。
主人は、娘さんの決心に迷っておられた・・。

ここに住むことを選んだとしても、実際の復旧にはどれくらいの月日がかかることか・・
あの生々しい津波の酷さと、この風景の惨状を前に、自分の執着するものは何かと・・

ご主人は、解体を決心された・・。

私は、こういう場合に何も言えるものではないが、これまでの経験から
一つだけ娘さんにお話しした。
「お父さんが、急に心の支えを失って、弱ってしまわないように、
注意してあげてください・・」と。
人は長く生きると、住宅はただの建物ではなくてそこに人生の大事なものを
持ってしまっている・・。

しかし、今、思うと、お二人の迷いと決心はそれぞれに正しいことに違いは
ないことだが、もう一つ、恐らく気付いていても言葉には出さなかったであろう
要因があったのだろう・・と、思う。
それは恐らく、自然への畏怖とか人間の地域への愛着とか、全て打ち消してしまう
日常のあらゆる言葉や経験を超えた計り知れない手の付けようがない「恐怖」が、
主人が逡巡したこのふるさとの北方40kmのところに、未だ、うごめいている・・
ということではなかったか・・・。

そう、復興どころか、復旧でもない・・未だ 過程である・・
ただただ今の必要に忙しくして、見てみぬふりをしたいのか・・忘れたいのか・・。

2011年04月08日

■いわきから・・
3.23 018

3.26 031

しばらく、書くことをやめていたが、やはり書かねばならないことが
あると・・衝くものがあった。
いわきは、震度6弱、津波の高さは海面から5mくらいだったのだろうか・・
そして今、いわきの一部が放射線の屋内避難地域・・。

これから、もし復興ということが体験できるのであれば、いわきで
今、起こっていること、起ころうとしていることの本当のことを、少しでも
伝えたい・・と、思う。

マスコミが牽引する”希望”や”明日”の影の部分を、建築に関わる目で
見直してみることは罪にはならないだろう。

4.08 030

先ず、レクイエムから始めなければならない・・。

被害調査で、ポツンと何も無くなった町に建つ、友人の設計事務所の
木造3階建ての住宅を見つけた。
数日前の新聞で、ご夫婦とも遺体で発見されたことが告知されていた。

若くて仲睦まじい二人は、いつも二人きりで、地質調査やデザインを、
地味にひたむきにやっていた・・。
確か、猫がいた。

恐るべき残酷さだ・・と 思う。
もう一度、寡黙だった二人に声を掛けたい・・と 思う。
写真の重苦しい空が、鎮魂にふさわしい。

いったい、いわきで、何が起こって、何が始まろうとしているのか・・。
今、いわきの空気は、何かを待っている・・ような雰囲気がある。

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