地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。

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2007年10月06日

■常識論では見えないもの
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この写真は最近竣工した会津学鳳高校の工事中の写真。(今、美しいその容姿が会津若松の千石通りに望むことができる。このような思想のある建築で学ぶことができる生徒は幸せだと思う。)
設計は全国対象のプロポーザル競技で選ばれた原広司氏。我々も当時、プロポーザルに挑戦したが全国版には当然負けた。そして氏の提案書から多くを学び、その後の講演会や公開ミーティングにも出席した。

最近、この建物に様々な風評が起こっている。工事中にも、トイレに石材を採用したら贅沢だ・・と注文が入り、一部の建物は若干高さを違えて建築し改善した。そして竣工したら今度は中を見て、使い勝手の評価が起こっているとのこと・・。
工事の間違いは誠心誠意、よりよく直すしかない・・。しかしそれ以外のことは、なにおかいわんや・・である。トイレに石を張るのは設計者の子供たちの教育に対する建築思想だ。その図面の余白の部分を理解しない横並びの常識論が画一的な学校建築を産み、それから脱皮するために今回のプロポーザルがある。常識論では見えないものがある・・。
使い勝手のことも、何故今、評価するのだろう。今、評価する人は何を基準にできるのか。基準は自身の経験というならばこれもまた自身しか「見ていない」話しなのだ。見えないということは、理解できないということになる。・・そこで学ぶ生徒たちのことも考えて、もう少し思慮をもっていただきたいと思う。「プロポーザル」とは「提案する」ということなのです。提案されているのは、プロポーズを受けているのは、これからそこを使う新しい時代の生徒たちなんですよ!ここのところを誤解してはいけない。プロポーザルで選ばれた設計者を信頼し、生徒たちに任せてみたらいいでしょう。

原氏の設計した京都駅ビルも計画当初は、景観論争があってかなり批評されたと記憶している。今では、ニューヨークのグランドセントラルステーションのような風格すら感じられる、市民に愛される空間になっているではありませんか・・。
私の知る限りでは原氏は、自らの考えと資金で世界の集落を研究し、浄財で世界に数億人といわれる住宅困窮者のための住まいを提案している人である・・。その成果として、[ディスクリート]:個が集団の中にあっても、個の存在を失わず輝くこと・・を唱え、この高校もその建築思想でできている。恐らくその思想は、建物が使われ始めて数年後にこの高校にも表出し、ここで学ぶ21世紀を担ってゆくことになる生徒たちへ図面の深奥にあるメッセージを伝えることだろう・・評価はそれからでよい・・。
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■コメント

■同感です。 [yoshida]

私もこんな書き込みをしていました。まったく同感です。

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http://officeyoshida.blog50.fc2.com/blog-entry-2022.html

トイレに白御影石はぜいたく? 県立学校がタイルに変更(福島民報)

この記事を読んで監査委員の感覚のほうがおかしいと思うのは私だけかもしれないが、本物に触れる環境をつくっていくことが豊かな文化の形成につながるのではないだろうか。石とタイルを比べること自体貧困な文化である。少し悲しくなった。

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