地方(いわき)での建築・デザインを取り巻く環境を内側から見てみます。設計事務所の仕事は設計能力よりも日常への洞察と思慮で成り立っていること、図面の余白に書かれた見えないメッセージなどを紹介します。

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2011年04月08日

■いわきから・・
3.23 018

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しばらく、書くことをやめていたが、やはり書かねばならないことが
あると・・衝くものがあった。
いわきは、震度6弱、津波の高さは海面から5mくらいだったのだろうか・・
そして今、いわきの一部が放射線の屋内避難地域・・。

これから、もし復興ということが体験できるのであれば、いわきで
今、起こっていること、起ころうとしていることの本当のことを、少しでも
伝えたい・・と、思う。

マスコミが牽引する”希望”や”明日”の影の部分を、建築に関わる目で
見直してみることは罪にはならないだろう。

4.08 030

先ず、レクイエムから始めなければならない・・。

被害調査で、ポツンと何も無くなった町に建つ、友人の設計事務所の
木造3階建ての住宅を見つけた。
数日前の新聞で、ご夫婦とも遺体で発見されたことが告知されていた。

若くて仲睦まじい二人は、いつも二人きりで、地質調査やデザインを、
地味にひたむきにやっていた・・。
確か、猫がいた。

恐るべき残酷さだ・・と 思う。
もう一度、寡黙だった二人に声を掛けたい・・と 思う。
写真の重苦しい空が、鎮魂にふさわしい。

いったい、いわきで、何が起こって、何が始まろうとしているのか・・。
今、いわきの空気は、何かを待っている・・ような雰囲気がある。

2009年11月15日

コピー ~ 091107_1353~01
最近ほとんど見かけない上棟式。
今やっている住宅で、秋晴れの日に行われた。
鏑矢はないが吹流しが気持ちよさそうだ。
私も10年ぶりくらいのことかもしれない、設計をやっていてもそうなのだから、
一般の若い人達には全く未知のことといっても過言ではないだろう。
棟梁と施主が、餅やみかんや、お金やお菓子を撒く。
子供も大人も、私も、キャッ、キャッとそれを拾う。
その後、隣近所も手伝って、柱や足場板ろ腰掛にお祝いが始まる・・。
家を建てるというのは、祝祭事であることの名残なのだろう・・。
そして、このようにして口伝のように伝えられた家づくりのルールやマナーは
失われ、消費者保護や瑕疵担保保険、性能表示にとって変わられようと
している。

吹流しを見ていると、大工さんが棟梁でこの現場請負の最高責任者である
ことが暗に示されていることを感じる。
今の住宅現場にこれがないということは、現場の最高責任者は誰なんだろう・・
まさか、設計事務所ではあるまいネ・・。

2009年10月18日

■若いツバメ
久しぶりに書く・・ここ暫くの間に、不幸があり、息子や妹に慶事があり、親戚
付き合いが増え、少しずつ個人的な状況が変わってきている・・親の他界は
自分が親になっていくことを改めて知った次第・・。

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090524燕

いつか書こうと思って、デスクトップに置いた写真が2葉・・、この夏の終わり
の紅葉の枝先のことである。
上の写真は枝先の夕暮れ、下はその2時間ほど後の写真である。
少し見難いが燕がいる・・この燕、実は数日間毎夜この枝先に来て、一夜を
過ごしていた・・風でも雨でもじっと・・である。
想像するに、今年育った若いツバメだろう・・未だ家族はなくいずれ近いうち
に群れと一緒に北へ行くまでの仮のねぐらなのだろう・・と 思う。
不安定な枝先だが、忍び寄り襲い掛かる他者を敏感に察知でき、適度に
身を隠すことができ、実は明日の生に繋がる安心できる今の居場所を、
鋭敏に感じている・・と 思うが、ふと、心配もした・・初めて向かう未知の
北国へ無事行けるのか・・もうすでに逸れてしまったのか・・群れて生きる
ことができないのじゃないか・・など。

ウィスキーをチビリチビリとやりながら、ふと、今年 縁で知り合った2人の
若いデザイナーを思った・・。
優秀なデザイナーなのだが2人とも離職して、農や山という自然と直接
向き合う仕事に向かおうとしている・・私が若い頃などよりもよっぽど生き方や
社会と自分という関係性に鋭敏で真摯だ・・しかし、親を超えて親になる年に
なるとやはり心配する・・群れて生きた方が安全じゃないのか・・行き着く先は
見えないんじゃないか・・それにしてもこの若いツバメたちの自分をリセット
できる力は何だろう・・と。

若い頃、友人に言われたことを思い出した・・。
・・・・お前、先頭を突っ走っているようなことを言っているけど、フラミンゴの
集団自殺っていうのがあってナ、あの鳥は理由もなくごくまれに集団自殺
するらしいが、今の種を保っているのはその集団飛行から、疲れたりして
逸れたやつが分かれて、残って、そのおかげらしいぞ・・・・

そうだ、・・万事、塞翁が馬・・だ、明治以来の官僚政治から離脱し
大きな政権交替が起こった時にいるんだった・・。
過去を変革しようとする時、その過去を作った人間の視線でものを
いってもしょうがないことだ・・。
若いツバメたち、頑張れ・・君たちの直感は正しい!

2009年07月19日

■アフターシアター
久しぶりの更新。
いたたまれないようなこの閉塞的な状況に、少し嫌気がさしていたのだったが
少し、ホッとするような出来事があったので書くことにした。

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写りが悪くて申し訳ないが、いわき駅前ラトブ3Fに(以前、この店舗デザインの
ために視察に行った記事を書いた・・)スペインバルがOPENした。
鹿島街道「エル・トマ」の4号店になるこのお店なのだが、夜のラトブは人が
入っていないという予想を覆して、同時にオープンしたラーメン店「なごみ家」
さんともども、賑わっている。
デザインを担当したものとして、ホッとしている。

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次にこの写真は、そう・・今、上映中の邦画「剣岳」である。
実は、ご縁があって上の「ラ・パパ」と同時進行で駅前映画館「世界館」の
リニュアルも手掛けていた・・その時 目にしたポスターが引っ掛かったので
観てきた。
測量登山の話しだったが、この閉塞した建築世界の状況の今、何となくパイ
オニアの話しが良さそうなので観にいった。
味わい深い映画だった・・恐らく、記憶される映画になるだろう。

映画は夜だと1000円になっている・・女性や中年の観客が多いのに少し
驚き、上映終了後、多少の高揚感を楽しむために数人で「ラ・パパ」で
ワインを飲みながら映画談義をして過ごした。

昔、ニューヨークのブロードウェイ(その時はキャッツだった)を観た後
ニューヨークっ子定番のアフターシアターのお店で食事をしたのが
思い出された・・。
こんなに簡単に、地方でもナイトライフが楽しめる。
駅前はダメとか、地方はダメとか、駅は高校生だけとか、短期の商業効率
だけしか見えない人にはそうかもしれないが、住民市民にはそんなことは
無い。
少し頑張ってくれるお店ががあれば、十分楽しめるし、私たちはそれを
支持する。
7時にシャッターを閉めて、客がいないといっている・・需要は
あるのに供給していなかっただけではないのだろうか。
今、駅前にある需要は、通過する不特定多数の需要じゃなくて
生活者の、それもアミューズ(楽しさ)を伴う生活需要ではないか、多分・・。
最近、ラトブの街路で、いわきには存在しなかった、若者の路上演奏を
見たことがある・・。
何かが少しだけだが、いい方向に風向きが変わりつつあるように思う
のは、私の過剰期待か・・。

・・ちなみに世界の何処でも(私の知る限りでは)、アフターシアターは
そのシアターの中では発生していない・・何故か、一旦外へ出て
多少の「醒まし」の時間と距離が必要なようである・・
いわきに最近立派な市民向けシアターができたので申し上げます・・。

2009年03月20日

■消えないもの・・!
img008.jpg
消えない記憶がある、いや消えていなかった というべき。
「連合赤軍」・・今の50歳から上の人にしか無い記憶だろう・・。
知らない人のためにナビすれば、このポスターに写る若者が
手に持っているのは銃だ・・この写真の前後、若者たちは仲間を
リンチ(私刑)し山荘に人質をとって立てこもり銃撃戦となる・・。
この映画をどうしても見なければならない・・という義務感の
ような感覚で久しぶりに映画館に行った。
正直な感想は・・見終えるまで辛かった・・。

田原総一郎・評
「若松孝二に屈してはならないと両手を膝の上で握り締めながら
やっと見終えた。しんどいが目をそらしてはならない映画である。」

そのとおり・・。
若い人達には、この映画は決して理解できないだろう・・いやみ
や皮肉ではない。見たとしても残酷なリンチの印象ばかりが残る
だけだろう・・と思う。
あれは何だったのか・・どういうことだったのか・・。
この疑問が整理できないままに残っていた。
TVの雪景色の中軽井沢での実況中継・・徐々に同情的に様変わり
しつつあった世論・・銃撃戦のどちら側にも在る論理のギャップ・・。
若松監督は、いい加減に若しくはいい塩梅に終わろうとしつつある
あの時代の青年達に強烈なメッセージを送ったのだろう。
  自分の人生のために、今一度、凝視して下さいと・・

若い人達に解かるようにいうとすれば、例えば、あの時代に
その学生運動の終焉に学生だった私は、その後の叫びのように
出てきた拓郎を聴きや「カムイ伝」や「明日のジョー」を読んでいたが、
「明日のジョー」の最後のシーンで高森・ちば両氏の激論の末に
描かれたという、リングの椅子に座って真っ白く描かれたジョーは、
  死んでしまったのか・・
  終わった安堵で眠ったのか・・
わからないまま残っている埋没した記憶のようなものだ。
引っ掛かったままのとげのようなものだ・・。

終わりのエンディングの画面をじっと見ながら、何故か、同じ頃に
あった三島由紀夫の市ヶ谷での割腹事件が鮮烈に浮かんだ・・。
どれもこれも今でも・・抉られるように胸が騒ぐ・・。

空中に飛翔した激しい感情は、30年も経っているというのに
・・未だ落ち所を探していた・・。

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